生まれつき虚弱体質の人間が懸命に健康管理や適度な運動をすることによって、普通の人間より健康になり、運動能力にもすぐれた面を見せることがあります。それと同様に、いくら自然に囲まれ、祖父母と一緒に生活していても、吸収する機会をつくってやろうとしなければ自然に身につくものではありません。子供が自然に身につけることには、限度があります。受験が他人事である田舎の親には、「お受験」のハウツーを学び取って、より豊かな子育ての楽しい時期をおくってもらいたいと考えています。でも、小学校入試というと、「遊び盛りの小さな子供に、無理やり勉強をさせて知識を詰めこむ」という妙な誤解があるようです。「受験生活」は自然体験学習の期間です。たいへん貴重な遊びの時間で、なんら子供の感性を削ぐものではありませんし、子供の本質をゆがめるものでもありません。そのことをわかっていただきたいと思います。
女の子は小学校全高学年になるとファッションへの関心が高まり、自分を可愛く見せる術を模索し始める。ゲームやアニメ、漫画を無邪気に楽しむ男の子とは対照的だ。女児の玩具離れに危機感を覚えた玩具メーカーは、次々とキッズコスメ(小学校高学年から中学生向けの化粧品)の開発に乗りだした。タカラやバンダイ、サンリオが発売するキッズコスメは、口紅からネイルカラーまで大人顔負けのラインナップを誇る。子どもが化粧をすることに抵抗を持たない親も多い。それどころか、積極的に買い与えている親もいる。「欲しい」子どもに、「売られる」化粧品、「反対しない」親という条件が整備され、低年齢化は進むばかりだ。ただしほとんどの化粧品メーカーは、「成長途上にある子どもが化粧品を使うことは望ましくない」とキッズコスメヘの参入には二の足を踏み、正面切って取り組んではいない。これは社会的な反発を考慮しての及び腰とも言えるが、化粧品を本業としてきたメーカーの衿持だと解釈したい。大人向けに開発された商品でも現実には子どもが購入していることは多いし、子どもが化粧に興味を持つことを禁止できるわけでもない。だからといって、大人の肌を相手にしてきた化粧品会社が一線を踏み越えてはならない。そんなプライドを感じるのである。もっとも、商売熱心な玩具メーカーと子どものメイクを無条件で歓迎する親を前にしては、そんなものは何の力も持たない。キッズコスメの市場は確実に広がっている。
かつて、日本の葬儀は地域共同体による葬儀であった。コミュニティ内で誰かが亡くなると、地域の人々がその家にやってきて、葬具をつくったり、炊き出しを手伝ったりした。遺族は雑事をせず、死者の弔いに専念した。別の言い方をすれば、葬儀に関して地域のやり方に口を出すことは許されなかった。さらに、親族も葬儀の中で特別な位置をもっていた。葬儀の雑事を代行してくれる地域の人々や会葬者の飲み食いが葬儀の費用ではもっとも大きな割合を占めていて、親族が金銭的な負担をしたのである。現代でも親族の香典の金額が他の会葬者より高めなのは、この風習の名残である。それが時代とともに、地域共同体の弱体化が進み、血縁共同体の精神的つながりも、弱まっていった。葬具の調達などは葬儀社によって行われるようになった。葬儀の大型化にともなって葬儀社の役割領域が拡大し、葬儀の司会なども担当するようになった。